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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)12533号 判決 1968年9月06日

原告 株式会社田中組

右代表者代表取締役 田中義雄

右訴訟代理人弁護士 平原謙吉

同 平原昭亮

被告 株式会社 大黒屋酒店

右代表者代表取締役 吉田僚介

右訴訟代理人弁護士 真田康平

主文

被告は原告に対して金三二七、六三二円二五銭およびこれに対する昭和四二年一月二二から完済に至るまで一〇〇円につき日歩一〇銭の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告、その余を被告の各負担とする。

この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

第一、申立

一、原告

(一)  被告は原告に対し金一、六三二、〇〇〇円およびこれに対する昭和三六年一二月三一日より完済に至るまで右元金一〇〇円につき日歩一〇銭の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二、被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、主張

一、原告の請求原因

(一)  原告は、昭和三五年二月二〇日被告と左記約定の家屋建築請負契約を締結した。

(目的の建物) 東京都新宿区四ツ谷大京町二二番の七地上に鉄筋コンクリート造、陸屋根、地下屋階付五階建店舗兼住宅一棟(以下本件建物と呼ぶ)

(請負代金) 一五、〇〇〇、〇〇〇円

(支払方法) 住宅金融公庫の融資金と被告の自己資金をもって分割して支払うこととし、本件建物工事完成後検査に合格しその引渡しを被告が受けると同時に支払を完了する。

(支払時期)

(遅延損害金) 代金の支払遅延の場合は、元金一〇〇円につき日歩一〇銭の割合による損害金を支払う。

(目的物完成、引渡期限) 昭和三五年八月二〇日までに完成させ、右完成の日より七日以内に引渡す。

(二)  原告は被告より右請負代金の内入れとして別紙内入明細書のとおり計金一三、三六八、〇〇〇円受領した。

(三)  原告は遅くとも昭和三五年一一月一五日被告に完成した本件請負目的建物を引渡し、昭和三六年一二月三〇日被告に対し、本件請負工事代金の残額一、六三二、〇〇〇円について支払の催告をした。

(四)  よって、原告は被告に対して、右残代金一、六三二、〇〇〇円と、これに対する引渡後の昭和三六年一二月三一日から完済まで日歩一〇銭による約定遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する被告の認否

請求原因(一)、(二)を認め、同(三)を否認する。

被告が原告から本件建物の引渡しを受けたのは昭和三五年一一月二二日である。

三、被告の抗弁

(一)1  本件請負契約には、前示期限内に本件建物が完成引渡されないときは、原告は被告に対して遅延日数一日につき請負代金の千分の一(一五、〇〇〇円)の違約金を支払う旨の特約がある。これによれば原告は本件建物の引渡を遅滞すること八七日の昭和三五年一一月二二日に被告に引渡したので右違約金総計は一、三〇五、〇〇〇円である。

仮りに原告主張の一一月一五日に引渡されたとしても遅滞日数は八一日、その損害金は合計一、二一五、〇〇〇円である。

2  本件建物は約束の設計通り工事が施行されておらず、次のとおり地下室倉庫、各階浴室床の防水工事不良およびこれに起因する不良箇所が存したので、被告は引渡を受けてすぐ原告に対し右瑕疵の修補を要求したが、応じないので、被告は昭和三六年二月より応急修理を第三者に依頼した。そのうち訴外西沢建設に支払った費用だけでも合計二八一、〇九七円を要した。従って被告は原告に対し、次の内訳のとおり右請負目的物の瑕疵による金二八一、〇九七円の損害賠償請求権を有する。

イ 二階浴室修理 一階漏水修理 昭和二六年八月一三日 八一、一四七円

ロ 二、三、四階室内外塗装工事 同年一〇月八日 一八六、八五〇円

ハ 右同給排水工事 同年一二月五日 一三、一〇〇円

(二)1  被告は右1、2以外にも原告の引渡遅延によって多額の損害を蒙っていたので、昭和三六年一二月三〇日原告代理人村松英明に対し、当時の残代金二、〇三二、〇〇〇円と、右約定遅延損害金および工事の瑕疵に因る損害金債権等とを差引き計算をして、被告が支払うべき代金残額を四〇〇、〇〇〇円とする旨の清算の申入をなしたところ、同代理人はこれを承諾したので、即日右金員を支払った。したがって、原告の本件残代金債権は右清算契約によって消滅した。

2  仮りに相殺契約が認められないとすれば、被告は、昭和四二年一月二一日の口頭弁論期日において、原告に対し、右(一)の各債権合計一、五八六、〇九七円を自働債権として本訴請求の残代金債権一、六三二、〇〇〇と対等額で相殺する旨の意思表示をした。

四、抗弁に対する原告の認否

1  (一)1の遅延損害金の特約は認める。

2  (一)2の瑕疵および損害発生の事実は否認する。

本件建物引渡しは住宅金融公庫の検査を受け、完成したことの確認を得た上でなされたものであるから、被告主張の如き工事不良箇所があるわけがない。なお、被告主張の2ロの工事は一年間使用後にアパートで通常なされる修理であり、同ハは被告が居住者の為になした追加工事であるから原告にはなんら責任がない。

3  (二)1の清算契約の成立は否認する。村松英明はそのような契約を締結したこともないし、原告が同訴外人にそのような代理権を授与したこともない。

4  (二)2の相殺権の行使の効果については争う。

五、原告の再抗弁

(一)  (履行遅滞に対して)

1 前示引渡約定期限たる昭和三五年八月二七日より遅れて同年一一月一五日に引き渡したのは、本件建物建築工事開始後隣家より苦情が出たり、台風の影響により工事が遅延したものであって、原告の責に帰すべき事由ではなく、しかもそのつど現場監督者から被告に右事情を説明し被告はこれを承諾していた。したがって、本件請負契約第二二条の「不可抗力によるか、または正当の事由があるとき、請負人はすみやかにその事由を示して、注文主に工期の延長を求めることができる。このとき工期の延長日数は、注文主、請負人、監理技師協議して定める。」との規定により工事期間の延長がなされたものであり、被告には遅滞の責任はない。現に本件建物引渡しに際し、被告は遅滞による損害賠償の請求をしないのみか、翌日には残代金内金五〇〇、〇〇〇円を、同年一二月三〇日には同四〇〇、〇〇〇円を異議なく支払っている。

2 仮りに、工期延長の承諾が認められないとしても、原告の右引渡しと被告の請負残代金支払とは同時履行の関係にあり、本件契約第一九条二号にも、「工事完成後、検査に合格したとき、請負人は注文主に請負代金の支払を求め、注文主は契約の目的物の引渡を受けると同時に、請負人に請負代金の支払を完了する。」と規定してある。さらに同二四条三号には、「注文主が代金の支払遅滞にあるときは請負人において本件建物の引渡しを拒むことができる。」旨の規定もある。したがって、被告から残代金全額の提供がない限り原告に履行遅滞の責任はない。

3 以上のことは、仮りに被告主張の日に引渡があったと認められたとしても、同様である。

(二)  (相殺に対して)

1 仮りに被告のいう工事不良箇所ロ、ハについて、原告に請負人としての瑕疵担保責任があるとしても、本件請負契約二〇条により原告の担保責任は消滅している。

すなわち、被告主張ロの瑕疵については本件建物引渡し(原被告何れの主張の日としても)から六ヵ月以上経過しているから同条二号の造作、装飾、家具などについての瑕疵担保責任の期間を引渡の日から六ヶ月に限った規定の適用を受ける。また同ハの瑕疵についても右同様に、六ヶ月または一ヵ月以上経過後の請求(瑕疵担保追求権の主張)なので最早被告の担保責任はない。

2 仮りに被告主張の如き反対債権があるとすれば、右契約中支払方法についての「住宅金融公庫の融資金受領の都度支払う」との条項に基づき、原告は次のイ、ロ、ハのとおり約定遅延損害金(日歩一〇銭)合計一七四、五一〇円の債権を有するので、これをもって、被告の債権と対等額で相殺する旨の意思表示を昭和四二年六月一〇日の口頭弁論でなした。なお、被告の相殺権の行使は仮定抗弁としてなされているから、口頭弁論終結時までに、原告において有する他の債権をもって、これとさらに反対の相殺をすることも可能であると考える。

イ 昭和三五年七月三〇日までに支払うべき自己資金支払分第二回分割金一、二一〇、〇〇〇円のうち金七七〇、〇〇〇円が同年八月一〇日に至って支払われたので、この間の約定遅延損害金として一一日分計八、四七〇円

ロ 同年一〇月七日までに支払うべき自己資金支払分第三回分割金一、二一〇、〇〇〇円のうち金一二〇、〇〇〇円が同月二四日に至って支払われたので、この間の約定遅延損害金として一七日分計二、〇四〇円

ハ 同年一一月一五日建物引渡しと同時に支払うべき自己資金支払分残金四〇〇、〇〇〇円が昭和三六年一二月三〇日に支払われたので、この間の約定遅延損害金として四一〇日分計一六四、〇〇〇円

六、再抗弁に対する被告の認否および再々抗弁

(一)1  再抗弁(一)1は、契約条項の存在を除き、すべて否認する。

2  同(一)2の事実は、そのうち代金の内金支払の点および本件契約中の各条項の存在のみ認め、その余はすべて否認する。引渡遅延の事由は専ら原告の責に帰すべき工事完成遅延にある。

3  同(二)1のうち、本件契約条項の存在は認めるが、原告主張の担保責任存続期間の特約は、本件建物の瑕疵には適用されない。すなわち、本件で主張する瑕疵は、造作部分ではなく、コンクリート造建物の本体部分に存在しているので、原告主張の契約条項によっても、担保責任の期間は同条一項但書の二年である。

4  同(二)2の事実は、中間金支払の点を除き、否認する。中間分割金の支払についての損害金の特約はない。

(二)  被告は原告の担保責任存続期間内の昭和三六年一二月三〇日原告代理人村松英明に対し、抗弁(二)1のとおり、損害賠償請求権を行使する意思表示をなしたから、同債権は消滅しない。

(三)  原告主張の四〇〇、〇〇〇円の支払は、本来なら残代金の一部として、本件建物の引渡と同時になされるべきであったがすでに主張したとおり本件建物の瑕疵の修補費用や、引渡遅滞に因る損害金の清算を受ける必要があったので右清算と同時に残代金を支払う約束が原被告間に成立した。そこで被告は、右清算について合意をみた抗弁(二)1の日にこれを支払ったものであり、右期限の猶予により遅滞損害金の支払義務は生じない。

七、再々抗弁に対する原告の認否

右六(二)の請求権の行使があったことおよび同(三)の支払猶予の合意が成立したことはいずれも否認する。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、請求原因(一)、(二)の事実は当事者間に争いがないところ、原告は、本件建物の完成、引渡は遅くとも昭和三五年一一月一五日までに了えたと主張するけれども、これを認めるに足るだけの証拠はない。すなわち、≪証拠省略≫によれば、被告は昭和三五年一一月一五日本件建物の屋上でビル落成の披露宴を催した事実は認められるけれども、これは、竣工が遅延したので、当時、本件建物の完成予定期限の同年八月二〇日を目処に一時的に賃借した事務所の明渡を迫られていた被告が、再三、原告に竣工を急がせた結果、タイル類の貼付などの作業は未だ完成していなかったけれども、とにかく第三者を招いて披露宴が開ける程度に達していたので、入居を急ぐため、敢えて披露宴を屋上で強行したにすぎないものであったことが≪証拠省略≫によって窺えるから、一一月一五日に披露宴が開催された事実をもって直ちに本件建物が完成した徴表とみることはできない。≪証拠判断省略≫

したがって、本件建物が完成し、被告に引渡されたのは、被告が自認し、かつ被告代表者尋問の結果によって被告の入居した日であること明らかな昭和三五年一一月二二日と認めるのが相当である。

二、(一)、これについて、原告は、被告から引渡し延期について承諾を得たと主張するが、これを認めるに十分な証拠はない。すなわち、≪証拠省略≫を総合すると、被告は、契約所定の引渡期限を徒過した後も、引渡遅延につきことさらに異議を述べることなく、中間金の支払に応じていたけれども、他方、本件建物の引渡を受けた後の昭和三五年一二月には、最終代金の支払を拒み、引渡遅延に因る違約金、および瑕疵修補請求権の満足を得ようと企図した事実も認められるから、中間金の支払の際に、留保が附されなかったからといって、直ちに違約金支払義務を免除する趣旨の引渡期限延長の承諾が、黙示的にもせよ、なされたと認定することはできない。

(二)、さらに原告は、被告の残代金支払義務と建物の引渡とは同時履行の関係にあるから、引渡遅滞の責を負わないと主張する。しかしながら、請負人は引渡に先立って仕事を完成させる債務を負担するものであり、この義務は代金支払債務より先履行の関係にあるものであるから、先に認定したとおり、原告の建物完成が遅延したため引渡が遅滞した本件では、約定の引渡期限である昭和三五年八月二七日を徒過した期間について、原告は残代金の提供がないことを理由に引渡遅滞の責任を免れることはできない筋合である。

なお、原告は、再抗弁(一)1として、引渡が遅延したのは原告の責に帰すべからざる事由に因るものであると主張するもののようであるが、後記(三)の事由を除き、他に本件請負契約の第二二条に規定されているような工期延長の正当事由が存在したことを認めるに足る証拠はない。

(三)、すなわち、原告は、再抗弁(二)2イ、ロ(ハは無関係)として、被告の中間金の一部につき支払が若干遅滞したと主張するところ、各中間金の支払状況が別紙内入明細表のとおりであることは当事者間に争いがなく、そのうち原告が再抗弁として主張する右中間金の一部の支払日時については、被告の明に争わないところであるから、これを自白したものと看做される。そして≪証拠省略≫によれば、本件請負代金総額は金一五、〇〇〇、〇〇〇円であるところ、内金二、〇〇〇、〇〇〇円は契約締結と同時に支払われ、残金のうち金八、一六〇、〇〇〇円は住宅金融公庫の四回分割融資により、残る金四、八四〇、〇〇〇円は被告の手許資金により、右公庫融資金の支払があった時これと同時に四回均等分割(各回金一、二一〇、〇〇〇円)で支払う約束であったこと、そして右公庫融資金の第一回ないし第三回分は別紙内入明細表の記号(ハ)、(ニ)、(ト)のとおり支払われたが、自己資金は同表(ロ)、(ホ)、(ヘ)、(チ)、(リ)、(ヌ)のとおり六回に分割して支払われ、当初の約定である公庫融資の支払時期と必ずしも同時ではなく、(ロ)の場合は約定期日より早くかつ約定額を金二四〇、〇〇〇円超過して支払われてあり、(ヘ)の場合も約定期日である(ト)の公庫融資支払期日より一ヶ月早く支払われていること、さらに(チ)、(リ)の場合も未だ公庫融資の支払がなされない間に支払われており、このように当初の契約と異る支払がなされるに至ったのは、原被告の資金繰りの関係を考慮し、主として被告の申出によったからであることがそれぞれ認められる。

このように、被告の中間金支払状況は、本件請負契約締結当時の自己資金支払期日と異ってはいるけれども、一概に支払を遅滞したものではなく、むしろ支払を繰り上げている金額も少なからざる額に達しているところからみれば、中間金支払の遅延は経済的には相補っており、原告主張の再抗弁(二)イ、ロのような請負代金総額の五パーセント前後の中間金の支払が公庫金融資の時期より遅れたことが、本件建物の完成を遅延せしめた主たる原因とは、とうてい認められない。≪証拠判断省略≫

しかしながら、原告主張のような中間金の一部の支払遅延(ただし再抗弁(二)2のうちハの金員の支払は、建物引渡と同時に支払うべき金員であるから、完成の遅延と無関係なものである)も、中間金の支払義務が原告の建物完成義務に対し先履行の関係に立ち、中間金が全く支払われない場合は、原告において建物の完成を拒み得るものと解されるところからみれば、中間金の一部の支払遅延も、それが極めて些少な金額である場合は別として、一般には建物完成の遅延と無関係とは言えない。これを本件についてみると、再抗弁(二)2イの遅滞金額は七七〇、〇〇〇円であるから、自己資金第二回分一、二一〇、〇〇〇円および公庫融資金第二回分(別紙内入明細表(二))の合計額である二、九六六、〇〇〇円の約二六パーセントに相当し、再抗弁(二)2ロの遅滞金額一二〇、〇〇〇円は自己資金第三回分一、二一〇、〇〇〇円および公庫融資金第三回分(別紙内入明細表(ト))の合計額である三、三一六、〇〇〇円の約三・六パーセントに相当するから、各遅延日数を右遅滞の割合で按分した日数の合計(一日未満は四捨五入)である四日間については、少くとも原告に完成、引渡遅延の責任を問い得ないものと解するのが衡平に即し妥当である。(ただし、後記五(二)のとおり、これによって被告に中間金支払の遅滞責任が当然に認められるものではない。)

してみると、本件建物の完成、引渡は約定期限に遅れること八七日であるが、そのうち四日は、被告の責に帰すべき事由による遅延であるから、原告はけっきょく八三日間の遅延について、その責に任ずべきものと認められる。

三、次に被告の瑕疵修補に代る損害賠償債権の存否について判断する。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すれば、

1  本件建物は、その完成、引渡があった直後に、倉庫として使用されていた地下室の防水不良に因る漏水が発見され、昭和三六年一月頃被告から原告に対し右瑕疵の修補請求があった。原告は村松英明に命じて同年四月頃から右瑕疵の修補にかかったが、はかばかしく進捗せず、そうこうする間に貸室に充てられた二階以上の各浴室の防水工事も不良で、各階下に漏水することが、現実に入居者が決り、浴室を使用し始めて判明した。被告は、この瑕疵についても直ちに、村松英明に対し、アスファルト防水工事を至急するように請求したが、被告は契約に定められた防水工法はモルタル防水であり、アスファルト防水は費用がかさむことを理由に修補請求を拒否した。

2  そこで被告は原告に対し、右浴室の防水工事は第三者に施工させる旨を通知し、訴外西沢市男にこの修補を依頼した。西沢はまず昭和三六年七、八月頃、各浴室のタイル床を剥がし、アスファルト防水をし、タイルを再貼付する工事および漏水により汚損した天井の吸音板の取替工事として計六六、八四七円、建築中に混入したと認められる給排水管内のセメント塊除去工事として一一、三〇〇円、別途工事である鉄製格子取付工事を含む以上の工事に要した運搬雑費として三、〇〇〇円相当の工事をなし、被告から同年八月一三日右代金の支払を受けた。

3  ついで西沢は、同年一一月末までに、右漏水関係の処理として右タイル貼付跡の左官工事として一、八五〇円、浴室内のペンキ剥落箇所等の再塗装(油性ペンキ使用)工事として三、七五〇円(他の部分の水性ペンキによる塗装費を加えた六、二五〇円の六〇パーセント相当)相当の工事をなし、別に給排水設備の補修工事として二、四〇〇円相当の工事を第三者をしてなさしめ、その他の工事代金も含めて、右代金を同年一二月五日被告から受領した。との事実を認めることができる。

(二)  ≪証拠判断省略≫

被告は抗弁(一)2ロとして、右以外にも、昭和三六年一〇月八日本件建物の二、三、四階の室内外塗装工事をなし、一八六、八五〇円を要したから、これも原告に損害賠償義務があると主張するところ、≪証拠省略≫に照らせば、右塗装工事施工の事実は認められるけれども、同工事が原告の工事の瑕疵に基因し、かつ、相当因果関係のあるものであるとは未だ認めるに足りず、他に、これについて原告に損害賠償義務があることを認めるに足りる証拠はないから、右反対債権の主張は採用できない。

(三)1  ところで、≪証拠省略≫によれば、本件建物の防水工事はモルタル防水とする約定であり、アスファルト防水工事は、これのおよそ二倍近い費用を要するものであることが認められ、他にこれに反する証拠はない。してみると、被告は浴室の防水工事として、原告の瑕疵修補義務の程度を越えた資材により施工したことになるから、修補に代る損害賠償として原告に請求し得る金額は本来のモルタル工法によった場合の費用の範囲内にとどめられるべきところ、前顕≪証拠省略≫によれば、アスファルト防水工事関係の費用は少くとも二九、五六七円を下らないものと認められるから、その金額はこの二分の一である一四、七八三円五〇銭を減じた限度で正当と認められる。この認定に反する証拠はない。

2  これについて、原告は、右瑕疵の修補に代る損害賠償責任は、本件建物の引渡の時から六ヶ月もしくは一年を徒過した時、担保責任の期間についての特約によって消滅したと主張するけれども、当事者間に争いがない本件請負契約第二〇条の瑕疵担保責任についての特約および前顕≪証拠省略≫によれば、本件契約における請負人の担保責任の期間は、「造作、装飾、家具など」のかくれた瑕疵については引渡の日から六月、その他の物についての瑕疵は引渡の日から一年であるが、コンクリート造建物の瑕疵による滅失毀損については引渡の日から二年と定められている。そうすると、前示認定の瑕疵のうち(一)2および3の各給排水設備のそれは、他に格別の事実も認められないから、右特約にいう造作に該当し、六月の除斥期間に服するけれども、その余の瑕疵とその修補はすべて、浴室床の防水不良に基因したものと認められるから、この損害賠償債権は二年の除斥期間に服するものであることは明らかである。

これについて被告は、昭和三六年一二月三〇日金四〇〇、〇〇〇円の支払をなすに先立って、原告に対し右各損害賠償請求権を行使する意思表示をなしたと主張する。そして、≪証拠省略≫によれば、被告は昭和三六年一二月頃、原告の担当職員として、本件建物の瑕疵に関する苦情の処理ならびに残代金の回収事務に携っていた村松英明から、残代金の支払を請求されたので、同月三〇日にとりあえず残代金のうち金四〇〇、〇〇〇円を支払ったけれども、その際、同人に対し瑕疵は完全に修補されていないし、工事の完成、引渡も遅延したので損害賠償や違約金の問題もあるから、残代金の決済についてはあらためて被告と話合って処理したいとの趣旨の申入をした事実を認めることができる。≪証拠判断省略≫

この事実によれば、被告は昭和三六年一二月三〇日原告に対し、本件反対債権たる修補に代る損害賠償請求権を行使する意思表示をしたものと認めるが相当であるから、被告主張の反対債権のうち、給排水設備補修に関する費用以外は、引渡後二年と定めた約定の担保責任の期間内に行使されたことになる。

したがって、原告の担保責任に関する除斥期間の主張は、右給排水設備補修に係る部分については理由があるけれども、その余の部分については失当である。

3  してみると、右(一)2で認定した瑕疵修補の費用のうち被告が原告に請求できる金額は、右給排水設備補修費一一、三〇〇円およびアスファルト防水による超過額一四、七八三円五〇銭を各控除した残額とこれに対する運搬雑費三、〇〇〇円のうちの対応額(按分額)の合計額となる筋合であるから、その金額は、別紙計算書のとおり、五三、七六七円七五銭であり、これと右(一)3で認定した瑕疵修補費用のうち給排水設備補修工事費二、四〇〇円を除いた五、六〇〇円との合計五九、三六七円七五銭が、被告の反対債権のうち修補に代る損害賠償請求権の数額である。

四、そこで、清算契約の抗弁について判断する。

昭和三六年一二月三〇日に訴外村松が原告のため権限に基づいて金四〇〇、〇〇〇円を受領したことは当事者間に争いがないけれども、被告主張のような清算を目的とした合意が同訴外人との間で成立したと認めるには、被告本人尋問の結果をもってしても十分でなく、他にこれを認めさせるに足るだけの証拠はない。したがって、村松英明の代理権について判断するまでもなく、右抗弁は採用できない。

五、(一) 次に相殺の抗弁について判断すると、被告は前記二(三)および三(三)のとおり原告に対し違約金債権および瑕疵修補に代る損害賠償債権を有していたと認められるところ、昭和四二年一月二一日の口頭弁論期日において、右反対債権と対等額で相殺する旨の意思表示をなしたことは記録上明らかである。右反対債権のうち違約金債権は一日につき請負代金総額の千分の一の約束であるから、一日一五、〇〇〇円として八三日間で一、二四五、〇〇〇円となり、損害賠償債権五九、三六七円七五銭との総計一、三〇四、三六七円七五銭について、本訴請求金額は対等額で消滅したものと言うべきである。

(二)、もっとも、原告は再抗弁(二)2として、被告の右反対債権を受働債権とする相殺を主張するけれども、原告主張イ、ロのような中間金の支払に関する遅延損害金の特約の存在についてはこれを認めるに足る証拠はない。けだし前顕≪証拠省略≫によれば、本件請負契約々款第二四条の違約金の約定は、引渡期日における引渡の提供があった場合の約定であることは明らかだからである。また仮りに、原告が年五分の割合による法定の遅延損害金を主張するものとしても、被告の中間金支払債務は、前記二(三)で認定したとおり不確定期限の債務であって原告主張のように確定期限ではないから、右不確定期限の到来を被告において知った日についてはなんら主張、立証のない本件では、未だ法定遅延損害金債権の発生および数額についても、これを認定する余地は生じない。

また原告主張ハの遅延損害金債権はイ、ロと異り、引渡以後に発生したことを理由とするものであるが、そもそも原告の本件請負代金債権とすでに認定した被告の瑕疵修補に代る損害賠償債権とは同時履行の関係にあるものであるから(民法六三四条二項)、原告において右損害賠償債務の履行を提供しないかぎり、被告の残代金債務について遅滞の責任を問うことはできない筋合である。してみると、かかる履行の提供をなしたことについて十分な主張、立証のない本件では、右ハのような遅延損害金債権の発生も認めることはできない。したがって、原告の相殺の再抗弁は、その余の点につき判断するまでもなくすべて失当である。

(三) なお右に判断したとおり被告の反対債権のうち、瑕疵の修補に代る損害賠償債権は原告の主張する請負残代金債権と同時履行の関係に立つものであるけれども、自働債権、受働債権に附着する同時履行の抗弁権が、このように同一原因に基づき相互に発生している場合でも、抗弁権の発生によって実質的に利益を受ける一方当事者すなわち自働債権の数額が受働債権の数額を下廻る場合の当該自働債権者からなす相殺は、抗弁権の利益を放棄したものと同視し、これを有効と解すべく受働債権にも同じ抗弁権が附着していることによって相殺の効力の発生を妨げられるものではないと解するのが妥当である。けだし、このような場合は、民法五〇九条所定の場合のように相互に現実の履行をなさしめなければならないような事由は存在せず、同時履行の関係に立つことによって現実に利益を享受する者の意思に抗弁権行使の要否を委ねることで、民法六三四条二項の目的としたところは達せられ、かつ法律関係を簡明ならしめる途だからである。

六、以上のとおりであるから、被告が相殺をもって対抗した金額のうち一、三〇四、三六七円七五銭の限度で本訴請求残代金債権は消滅し、けっきょく被告は、残代金三二七、六三二円二五銭とこれに対する被告の同時履行の抗弁権が消滅した翌日(相殺権行使の翌日)である昭和四二年一月二二日から完済まで日歩一〇銭の割合による約定遅延損害金の限りで支払義務を負うものである。よって、右の範囲で請求を認容し、その余の請求を棄却し、民事訴訟法九二条本文、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山本和敏)

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